「テタノスパスミン」と呼ばれる毒素を聞いたことはあるでしょうか。地球上にはさまざまな毒をつくる生物が生息していますが、テタノスパスミンはわずか数十ナノグラムで人間を死に至らしめることが可能なため、地球最強レベルと言われています。いったいどのような毒素で、どのような症状を引き起こすのでしょうか。
破傷風菌による神経毒素「テタノスパスミン」
テタヌス毒素とも呼ばれるこの毒素は、嫌気性の土壌細菌である「Clostridium tetani」によって産生されます。この細菌は、いわゆる「破傷風菌」です。
破傷風菌と同じクロストリジウム属の細菌としては、ボツリヌス菌が有名です。ボツリヌス菌がつくる毒素もまた同様に非常に強力な毒素で、わずか数百グラムで世界のすべての人間を殺すことができるとして、生物兵器としての研究開発も行われました。
テタノスパスミンはタンパク質毒素で、生体に作用すると神経細胞に致命的な悪影響を及ぼします。その致死量は強いタイプだと体重1キログラム当たりわずか1ナノグラムほどです。つまり、体重60キロの人間であれば60ナノグラムほどの量で死に至らしめることが可能なわけです。
テタノスパスミンの作用機序
テタノスパスミンは、大小2つの種類のタンパク質(軽鎖と重鎖)が合わさった構造をしています。
この毒素が生体に入り込むと、まずはじめに大きい方のタンパク質である「重鎖」が、神経細胞の細胞膜にある糖鎖「ガングリオシド」に結合します。この結合が、毒素が細胞に作用する足がかりになっています。
重鎖がガングリオシドに結合すると、毒素が神経細胞内へと侵入します。
神経細胞(TOGOTV)
実際に神経細胞に作用するのは小さい方のタンパク質「軽鎖」です。このタンパク質は分子内に亜鉛分子を含んでおり、神経細胞がつくるタンパク質「VAMP」を分解する酵素活性をもっています。
VAMPは、神経細胞から神経伝達物質を放出する役割をもっています。つまり、テタノスパスミンによってVAMPが分解されてしまうと、神経伝達物質の放出が抑制されてしまいます。
その結果、「テタヌス」と呼ばれる痙攣性麻痺が引き起こされるというわけです。
テタノスパスミンによって引き起こされる恐ろしい症状
テタノスパスミンは、神経伝達物質の放出を担うタンパク質「VAMP」を分解することで、抑制性シナプスを遮断します。これによって、痙性麻痺が引き起こされます。次に興奮性シナプスも遮断することで、筋肉が拘縮した状態に陥ります。これは、ボツリヌス毒素によって筋が弛緩されるのとは逆の作用です。
破傷風による筋肉の発作で苦しむ人の絵(Wikipedia)
「テタヌス」という用語は、古代ギリシアの医者「ヒポクラテス」によって最初に使われた「強直」を表す医学用語で、現在では「破傷風」を意味しています。
テタノスパスミンは破傷風菌が産生する毒素ですから、破傷風菌に感染することによって毒素によるさまざまな症状が引き起こされます。
テタノスパスミンによってもたらされる症状は、口が開きにくい、舌がもつれる、嚥下障害などから始まります。体に発生する麻痺症状は、時間が経つとともに胴体から腹部、脚の筋肉へと広がっていきます。
手足や背中の筋肉が硬直して、全身が弓なりに反るなどの重篤な症状が引き起こされます。最悪の場合は全身に強烈な痙攣が起こり、脊椎の骨折などを伴いながら呼吸困難に陥ることもあります。
しかし、神経毒による症状は極めて激しいものである一方で、作用範囲は筋肉のみであるために意識が鮮明であり、患者は死に至るまでに激しい苦しみを味わうことになります。
予防や治療法などについて
テタノスパスミンは破傷風菌が出す神経毒素です。
治療法としては破傷風菌に対するいくつかの抗生物質が使われますが、一方で破傷風菌が産生した毒素に対しては抗生物質の効果はありません。そのため、毒素そのものに対しては、毒素を中和する抗体が治療に使われます。
このように現在では治療法が確立しているものの、死亡率は成人で15~60%、新生児では80~90%と言われていおり、比較的高いと言えます。
予防法については、日本国内では現在、ワクチン接種が行われています。
破傷風菌は、「芽胞」として自然界の土壌中に広く存在しており、傷口から体内に侵入することで感染が起こります。
健康な状態では破傷風菌の芽胞に接しても免疫が得られないため、ワクチンは毒素に基づいています。つまり、破傷風菌が産生する毒素そのものに対する抗体をつくる能力の獲得が、ワクチン接種の目的になっています。
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ワクチン接種をすることで、ほぼ100%近くが抗体を獲得できると報告されています。しかし、近年は30歳以降の人で破傷風を発症する人が増えているといいます。
その理由は、子どものころにワクチン接種を受けても年を経るにしたがって体内で作られる抗体の数が減少していくからです。
破傷風の発生数は日本国内ではそれほど多くはありません。しかし治療法がある現在であっても、致死率が比較的高い病気というのも事実です。土壌細菌に触れる機会の多い人は追加のワクチン接種を受けたり、傷を負った際の作業に気を付けるなどの予防に心がけるなどの対策を取ることが大事ですね。
参考:脳科学辞典・厚生労働省