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魚にも「利き手」が存在する 運動の左右差は生まれつきだが「利き」は学習で獲得される

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文字を書いたりボールを投げるとき、普通は右手か左手かのどちらかを使います。いわゆる「利き手」というやつです。右利きや左利きなどの左右性は、人間だけに備わった性質なのでしょうか。いえ、どうやら魚にもあるようです。




肉食魚のなかに、ほかの魚の「鱗(うろこ)」をはぎ取って食べる珍しい魚がいます。研究グループは、アフリカのタンガニイカ湖に生息している鱗食魚「Perissodus microlepis」をモデル生物として、左右性の獲得過程を研究しました。

鱗食魚の右利きと左利き

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鱗食魚は獲物となるほかの魚の鱗を食べて栄養源としますが、実は魚の形をよく見てみると「口が右にねじれて開く」個体と、反対に「口が左にねじれて開く」個体がいます。

また、鱗食魚が獲物の鱗をはぎ取る「捕食行動」をとる際に、獲物の右側から狙う「右利き」の個体と、反対に左側から狙う「左利き」の個体がいます。

これら右利きと左利きの個体数はおよそ半数ずつ存在するようですが、どうやらこの左右性と口の形態の左右性の間に関係があります。

鱗食魚の左右性は、「口の形態」の左右性が原因となって捕食行動における左右性を生み出しているのでしょうか。もしそうであれば、どのようなプロセスを経て「利き」が獲得されていくのでしょうか。

左右性が獲得される過程

研究グループは、この鱗食魚の「利き」の発達過程を調べるために、鱗食行動を経験したことがない幼魚と餌となる魚を水槽に入れて、生まれて初めての鱗食行動を観察しました。

すると、初めての鱗食では獲物となった魚に対して両方から襲うが、捕食行動を繰り返すうちに襲撃の方向すなわち「利き」が、口の形態に対応した方向に偏ることがわかりました。

また、鱗食を経験した幼魚の利きの「強さ」は、鱗食が未経験である成魚よりも有意に高いこともわかりました。これは、捕食行動における左右性は体の成長に伴って獲得されるわけではなく、「鱗食行動の経験」を積み重ねることで強化されていくことを示しています。

また、襲撃は口の形態に対応した利き手側からの方が成功率が高く、捕食経験を繰り返すにしたがって向上していきました。つまり、鱗食魚は襲撃方向と捕食結果を関連づけて学習しており、次の捕食行動を修正すると考えられます。

いったいなぜ、口の形態と襲撃方向に関係があるのでしょうか。

これについては、胴の屈曲運動の能力で説明することができます。口の形態に対応した方向の運動能力が生まれたときから高いため、襲撃時の方向の優位性が決定されているようです。

これらの実験結果をまとめると、鱗食魚は生まれたときから運動能力に左右の差が存在しており(これは口の形態で判断ができる)、鱗食行動を繰り返すうちに特定の方向の襲撃が有利であると学習して、「利き」が獲得されると考えられます。

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(鱗食魚の捕食行動の利きの発達モデル:出典

人間の利き手についても、幼少期は曖昧であるものの年齢を経るとともに利き手の強さが大きくなることが知られています。また、形態との対応関係もわかっており、利き手側の方が上腕骨が大きいことが知られています。これはマウスでも同様であることがわかっています。

つまり、人間の利き手についても鱗食魚のように、生まれたときから体の形態上の差異が左右で存在しており、運動を重ねるうちに学習して「利き手」を獲得するものではないかと考えられるわけです。