男女では物事の捉え方や感じ方に違いがあるといった「脳の違い」についてよく言われています。実際に、脳の構造や神経回路に男女差が存在する可能性もありますが、人間の脳について性差の詳細はよく分かっていません。
一方で、ショウジョウバエではかなり研究が進んでおり、オスの脳とメスの脳を切り替える「スイッチ」として機能する遺伝子についても明らかになっています。
オスの脳にだけある「オス型突起」
オスのショウジョウバエの中で、メスに求愛せずにメスに対して求愛するようになった「サトリ」と呼ばれる突然変異体が20年以上前に発見されています。この「サトリ」の脳では、オスの脳細胞がメス型に変化していることが明らかになりました。
オスのショウジョウバエの神経細胞には、ある「突起」が作られており、これはメスにはないものです。
オスのショウジョウバエでは、性行動をコントロールする遺伝子として「フルートレス」が知られています。この遺伝子が機能することで、オスに特有の性行動を誘発することが他の研究で明らかになっています(オスはメスにプレゼントするようプログラムされている)。
このフルートレス遺伝子の機能が失われると、オスは同性愛化して、メスに対して求愛や交尾をしなくなることがわかりました。
オス型脳を作るフルートレス遺伝子
フルートレス遺伝子から作られるタンパク質は「FruM」と呼ばれています。このFruMタンパク質は、オスの脳細胞に「オス型突起」を作ります。(この脳細胞は性フェロモンの検出に関わっている)
この突起の形成は「ロボ1」と呼ばれる遺伝子によって抑制されています。FruMタンパク質は、ロボ1遺伝子の読み取りをオフにすることで、オス型突起の形成を誘導しているわけです。
メス型脳を作るTRF2遺伝子
ところで、メスの脳内ではどのような遺伝子が働いているのでしょうか。
研究の結果、メスの脳内では「TRF2」と呼ばれる遺伝子がロボ1の読み取りをオンにして、オス型突起の形成を抑えていることがわかりました。
つまり、メスではTRF2がロボ1遺伝子の読み取りをオンにしてオス型突起の形成を抑えており、オスではフルートレス遺伝子がロボ1遺伝子の読み取りをオフにしてオス型突起の形成を誘導しているわけです。
TRF2遺伝子には二面性がある
しかし最新の研究から、どうやらTRF2の機能には二面性があるようです。というのも、TRF2はメスだけではなく、オスにもあって脳細胞のオス型化に関係しているからです。
TRF2は、実はオスの脳内ではFruMタンパク質の援軍として働いて、ロボ1の読み取りを完全に抑えるのに貢献しているのです。
このように、TRF2は機能的に二面性を持っています。メスの脳内ではメス型の脳細胞を作るために働き、オスの脳内ではオス型の脳細胞を作るために機能します。
(左図はオスの脳内、右図はメスの脳内を示している(図:東北大学大学院生命科学研究科))
分子レベルでいうと、どうやらFruMのありなしで機能が分かれるようです。FrumMがないメスの脳内ではロボ1の読み取りで「オン・スイッチ」として機能し、一方でFrumMがあるオスの脳内ではロボ1の読み取りに対して「オフ・スイッチ」として働くことが明らかになりました。
ショウジョウバエの脳内では、このような遺伝子の仕組みによって脳の性差がつくられていることがわかりました。