近年はストレス軽減や集中力の向上、あるいは幸福感を高めてくれる効果が得られるとして「マインドフルネス」が注目されています。しかし、マインドフルネスを実践しているときに脳内ではどのようなことが起こっているのでしょうか。京都大学の研究グループは、「機能的結合性解析」という手法を用いてマインドフルネスのメカニズムを解明しています。
マインドフルネス
マインドフルネスとは、簡単に表現すると「今、この瞬間に自分が体験していることに意識を向けている」心理的な状態のことです。
その効果としては、「マインドワンダリング」と「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれる2つの脳の活動を低下させることが知られています。
マインドワンダリングとは、心が何かにとらわれてさまよう状態のことです。一方で、デフォルトモードネットワークとは何らかの思考や関心などを伴わない、ぼんやりとした状態にある神経活動で、言わば脳のアイドリング状態のことです。
マインドフルネスはこれらの脳の活動を低下させることでさまざまな効果を生みだしているとされています。
集中瞑想と洞察瞑想
マインドフルネスを実践する方法としては、大きく分けて「集中瞑想」と「洞察瞑想」の2種類があります。
集中瞑想とは、何らかの特定の対象、たとえば呼吸などに意図的に意識を集中することでマインドフルネス状態を実現する方法です。
一方、洞察瞑想とは今この瞬間に生じている経験にありのままに「気付く」方法です。たとえば、周囲から感じられる音や肌が感じる風の動き、匂いなどをひたすら感じることでマインドフルネス状態を実現する方法です。
集中瞑想も洞察瞑想もいずれの方法でも、マインドワンダリングを低下させたり、デフォルトモードネットワークの脳活動を低下させることがわかっています。
特に、集中瞑想の場合は特定の対象に意識を集中させることで、注意関連脳領域の活動を高め、デフォルトモードネットワークの活動を低下させることがこれまでの研究で明らかになっています。
しかし、洞察瞑想については「ありのままに気付く」こと自体の心理メカニズムも不明であり、それによってどのようにしてマインドワンダリングやデフォルトモードネットワークの活動が低下するかのメカニズムは明らかになっていません。
そこで、研究グループは集中瞑想と洞察瞑想を行う瞑想実践者の脳の活動を「機能的結合解析」と呼ばれる方法で解析することで、瞑想時の脳活動を詳しく調べました。
機能的結合解析でマインドフルネスを解析
今回の研究では、脳の「線条体」と他の脳領域の関係を調べました。線条体は、大脳皮質の各領域から入力を受けた情報を、再び大脳皮質に出力する複数のループ回路を形成しています。
そのため、線条体と他の領域との関係に着目することで、それぞれの瞑想状態が脳活動に与える影響について大脳皮質全体を対象として調べることが可能になるというわけです。
実験では、集中瞑想と洞察瞑想それぞれについて、6分間の安静時と6分間の瞑想時の脳活動を測定して比較しました。
安静時から洞察瞑想時にかけて、左腹側線状態との結合性が低下した脳梁膨大後部皮質(京都大学)
集中瞑想の結果
その結果、集中瞑想では洞察瞑想と比べて「腹側線条体と視覚野の結合性」が安静時より上昇することがわかりました。
これは特定の対象に対する注意の集中に関連していると考えられ、これまでの研究結果と一致しています。
洞察瞑想の結果
一方、洞察瞑想の場合は集中瞑想と比べてこの「腹側線条体と視覚野の結合性」は低下しており、さらに「腹側線条体と脳梁膨大後部皮質の結合性」が安静時より低下することが明らかになりました。
「腹側線条体と脳梁膨大後部皮質の結合性」は、過去の経験に関する記憶にとらわれる程度と関連していると考えられます。
脳梁膨大後部皮質は長期記憶に関わる海馬と短期記憶に関わる前頭葉を結ぶ重要な結合部になっていて、過去に覚えた顔や有名な顔を思い出すときに活動が上昇する領域としても知られています(参考)。
また、この結合性の低下は瞑想の実践時間が長くなるほど大きくなることもわかりました。
研究結果
実験結果からは、洞察瞑想では「今この瞬間に生じている経験をありのままに気付く」ことで、意図的な注意の集中がゆるまり、さらに自分の過去の経験に関する記憶から自由になる、という心理メカニズムがある可能性が示されました。
自分の過去の経験をもとに、過去や未来のことを考えることは「マインドワンダリング」の要因になります。マインドワンダリングの低下は幸福感を高めることにもつながります。
これらのことから、マインドフルネスの中でも洞察瞑想の実践は自分の過去の経験に関する記憶から自由になることを通じて、マインドワンダリングやデフォルトモードネットワークの活動を低下させ、それによって健康や幸福感を高めるというメカニズムが見えてきます。