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スメルハラスメントは実際にストレス応答を発生させていた

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近年は不快なニオイを巡るトラブルが会社や地域などで発生しており、「スメルハラスメント」などと言われています。ところで、悪臭による不快感は、実際に身体的なストレスを発生させているのでしょうか。




悪臭問題については、そもそも悪臭が人体に害を及ぼす原因のひとつであることが前提になっています。しかし、これまでは悪臭がからだに与える影響についてあまり詳しくは調べられていませんでした。

そこで東京大学の研究グループは、実際に悪臭を実験参加者に嗅がせて、その際に起こるストレス応答を調べました。

悪臭を嗅ぐと実際にストレスが発生する

悪臭物質としては、日本の「悪臭防止法」で定められている物質を使いました。この法律では、現在のところ22個の物質が悪臭物質として指定されています。

そのリストには、たとえばアンモニアや足の裏の匂いのイソ吉草酸、ニンニクの匂いであるジメチルジウルフィドなどが含まれます。

ストレス応答系としては、「視床下部-下垂体-副腎軸」と「交感神経系」の活動を、それぞれコルチゾールとα-アミラーゼを測定して調べました。

実験参加者に悪臭物質を嗅がせてこれらの量を測定したところ、どの悪臭物質を嗅いでもコルチゾールの分泌量は変化しませんでしたが、α-アミラーゼは優位に増加することがわかりました。

つまり、悪臭を嗅いだときには実際に人体にはストレス応答が生じること、そしてそれは交感神経系にかかわる応答であることが明らかになりました。

ところで、悪臭を嗅いだときに生じるストレス応答とは、「特定の悪臭物質に対して」引き起こされるのか、あるいは匂いによって生じる「不快感によって」生じるのでしょうか。

研究グループは、料理から感じる程度に希釈したジメチルジスルフィドの溶液をビンに入れました。

そして、参加者を2つのグループに分けて、一方のグループには「Aと書かれた瓶に入っている匂いを嗅いでください」と説明し、もう一方のグループには「口臭の匂い成分が入っている、Aと書かれたビンの匂いを嗅いでください」と説明しました。

そしてα-アミラーゼの分泌量を測定したところ、「口臭の匂い成分が入っている…」と説明されたグループのみが、空ビンと比べて有意に増加することがわかりました。

この実験の結果からわかることは、匂いを嗅ぐ状況によって、つまりその匂いの不快度が高くなればストレス応答が大きくなるということです。

研究グループは、悪臭物質にほかの匂い物質を混ぜたときにストレス応答がどうなるかも調べています。

悪臭物質であるイソ吉草酸に、バニラの香り成分であるバニリンを混ぜたものを嗅いだときのα-アミラーゼを測定したところ、このような混合臭ではストレス応答が発生しないことがわかりました。

実験参加者らは、イソ吉草酸を納豆や汗、足の匂いと表現していましたが、バニリンとの混合臭は「チョコレート」っぽい匂いと表現していたそうです。

ちなみに、実験で使われたイソ吉草酸のみのビンと、バニリンも混ぜた混合臭のビンに含まれる成分を測定したろころ、両者ではイソ吉草酸の量に有意な差はなく、鼻孔に届くイソ吉草酸の量はどちらのビンを嗅いでも同じということでした。

ストレスを発生させるのは物質でななく「不快感」

これらの実験結果からどのようなことが言えるでしょうか。

悪臭を嗅いだときには実際にストレス応答が発生することが確認され、そしてその応答は交感神経系の活動を上昇させる応答でした。

しかしこのストレス応答は、悪臭物質そのものに対する反応ではなくて、どうやら悪臭を嗅いだ体験からくる「不快感」によって生じているようです。

匂いを嗅ぐ状況に応じて、その匂いを不快と感じれば交感神経系が活性化されるわけです。

このことから、現代社会で問題となっている「スメルハラスメント」や「香害」などの一部については、その匂いを不快と感じさせないようにすることで、解決できるかもしれません。

本来は心地よい匂いであったはずの香水の匂いも、満員電車などで嗅がされると不快感を感じ、ストレスを感じます。

一方で、餃子を食べたひとの口臭に含まれるジメチルジスルフィドも、目の前の料理から漂うものであれば食欲を刺激する匂いとなります。

であれば、足の匂いや汗の匂いに不快に感じたときも、「目の前の納豆の匂いだ」と脳内変換すれば不快感も消え失せる・・・かも知れません。