高い目標を達成するためには粘り強く行動し続けることが重要です。ではいったい、どうすれば途中で諦めることなく持続することができるのでしょうか。ここにも脳の特殊なメカニズムが備わっているようです。
意欲行動
人生のなかでも、あるいは日常生活のなかでも何らかの目標に向けて行動することはよくあります。この行動のことを、「意欲行動」と呼んでいます。
この意欲行動を継続するために必要な脳内の機構が発見されました。「腹側海馬」が今回の話の鍵となっています。腹側海馬は、不安などの感情にかかわる部位です。
慶應義塾大学の研究グループは、マウスを使った実験を行いました。実験ではマウスにレバーを押させて、報酬としてエサを与えます。
「制限時間」と「必要なレバープッシュ回数」を設定しており、時間内に決められた回数レバーをプッシュすると、エサを獲得できてトライアル成功になります。
成功確率は5回プッシュで95%、10回で73%、20回だと50%など、課題の難易度が増すごとに下がります。
腹側海馬の抑制
研究グループは、不安に関係する脳領域の一つとして知られている腹側海馬に注目して、この部位の神経細胞の活動を計測しました。
意欲行動にともなう腹側海馬(慶應義塾大学)
トライアル成功も失敗も共通して言えることは、トライアルが始まると腹側海馬の活動が下がることです。
成功したトライアルでは目標が達成するまで活動が抑えられています。しかし失敗したトライアルでは、活動の抑制が途中で解除されてしまい、ベースラインまで戻ってしまいました。
このことから、意欲行動を持続させて目標達成するためには腹側海馬の活動を抑え続けることが重要である可能性が示されました。
次に研究グループは、人為的に腹側海馬の活動を変化させてトライアルの成功率がどう変わるかを調べました。
トライアルの最中に腹側海馬を活性化したところ、難易レベルの低い5回レバー押しの課題における成功率は、95%から80%へと下がってしまいます。
腹側海馬の活性化(慶應義塾大学)
一方で、難易レベルの高い20回レバー押しの課題における成功率は50%から83%へと上昇しました。
腹側海馬の抑制(慶應義塾大学)
これらの結果から、腹側海馬の活動抑制が意欲行動の継続にとって必要であることが明らかになりました。
セロトニンの分泌
ところで、腹側海馬を抑制する神経伝達物質としてはセロトニンが知られています。
研究グループは、意欲行動を持続しているなかで腹側海馬の抑制にセロトニンが関与するかどうかを調べたところ、実際に海馬で放出されるセロトニンが鍵となっていることを確認しています。
実験結果から、目標に向けて行動を粘り強く続けるためには、セロトニンによる腹側海馬の活動抑制が重要であることが明らかになりました。
セロトニンによるコントロール(慶應義塾大学)
腹側海馬は不安行動をコントロールする脳の領域と考えられています。このことから、意欲行動を持続しているときは不安が抑えられており、もし腹側海馬の抑制がはずれて不安が生じれば、行動を中止してしまうことが予想されます。
メンタルヘルスにつなげる可能性
ここからはあくまでも推測になりますが、今回の研究とは逆の効果も存在する可能性が考えられます。
つまり、ある目標を定めてそれに向けて行動を開始することは、腹側海馬を抑制するメカニズムを誘導することにつながります。
腹側海馬の活性抑制は、不安状態を抑えることになることから、日々のメンタルヘルスを良好な状態に保つ習慣として利用できる可能性があります。
意欲行動は日常的に作り出すことができます。たとえば、筋肉トレーニングなどは回数や筋力など目標を定めて行動を行う意欲行動の一つとして考えられます。
楽器演奏や語学学習も簡単に作り出せる意欲行動かも知れません。これらの行為を日常的な習慣として取り入れることで、腹側海馬を抑制して不安を解消する脳のメカニズムを使っていくことで、精神状態を良好に保つことにつながることも、もしかすると可能なのかも知れません。