急性胃腸炎の原因となる「ノロウイルス」の構造には2種類あることが知られていましたが、これは株の種類によるものではなく構造を変化させていることが明らかになりました。これによって感染を有利に働かせているのかも知れません。
ノロウイルスは世界中で流行しているウイルス性急性胃腸炎の主な原因ウイルスです。医療の発達した現在においても発展途上国を中心に世界で20万人ものひとがこのウイルスによって命を落としています。
日本においても毎年のように集団感染が国内各地で発生しており、比較的身近な感染性のウイルスです。
しかしながら、ノロウイルスについてはまだまだ不明な点も多く効果的な治療法やワクチンもありません。
これまで、このウイルスについては粒子の表面の構造の違いから2つのタイプがあることが知られていました。
ノロウイルスの2種類の粒子構造(自然科学研究機構生理学研究所)
Aタイプは内側の殻と外側の殻の間に隙間がありません。一方、Bタイプは図のように内側と外側の間に隙間があいています。
これまでの研究ではこれらの特徴は株の違いによるものとされてきました。しかし、以前の報告でBタイプとされてきたマウスのノロウイルスのGV.1株について自然科学研究機構生理学研究所の研究グループが調べたところ、なぜかAタイプの殻の構造を示すことが低温電子顕微鏡によって明らかになりました。
このことから、ノロウイルスは2種類の殻構造を持っており、それを切り替えることができることが示されました。
ではいったいどのようにして構造を切り替えているのでしょうか。
研究グループは、AタイプとBタイプを分ける条件を調べたところ、溶液のpHと金属イオンの濃度が変わると構造が変化することを発見しました。
マウスノロウイルスが示す2通りの構造(自然科学研究機構生理学研究所)
ウイルスの溶液を酸性にして金属イオンを加えると、殻の内側と外側の隙間がないAタイプになります。
そして溶液をアルカリ性にして金属イオンを取り除くと外側の殻が開いたBタイプに構造が変化しました。
これらの構造の違いにはなにか意味があるのでしょうか。
研究グループは、それぞれの構造タイプにしたノロウイルスを細胞に感染させてウイルスの増殖スピードを調べました。
2つの構造におけるウイルスの増殖速度(自然科学研究機構生理学研究所)
その結果、BタイプのウイルスはAタイプと比べて4時間ほど増殖が送れることが明らかになりました。また、Bタイプは細胞表面に吸着しにくいことも別の実験からわかりました。
このことから、ノロウイルスはBタイプの構造では細胞に感染せず、Aタイプに変化してから感染することが推察されます。つまり、Aタイプは感染型でBタイプは非感染型というわけです。
なぜこのような構造変化を用いているかについて、研究グループは以下のように説明しています。
2つの構造の変化の様子と感染メカニズム(自然科学研究機構生理学研究所)
動物はウイルスの感染から逃れるため、ウイルスの構造を認識する抗体をつくります。
ノロウイルスは動物の口から侵入して消化されずに胃を通過して、小腸の細胞に感染します。
そこでノロウイルスは、はじめは感染力のないBタイプとして侵入して、小腸に到達してから感染力のあるAタイプの構造に変化することで、動物のもつ免疫システムを欺いているのではないかというのです。
現在においてもいまだノロウイルスに対する効率的な治療法やワクチンは開発されていません。
今回のノロウイルスの殻の構造についての新たな発見によって、新たな治療法やワクチン開発につながるかも知れません。