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聴覚情報が矛盾するとき、脳はどのように解釈するのか

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人間の脳は五感で取得された情報に基づいて外界の状況を判断しています。しかしたまに、互いに矛盾するような複数の情報に直面するケースもあります。そんなとき、脳はどのようなプロセスを経て最終決定を下すのでしょうか。




視覚から得られる情報が矛盾するケース

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「ネッカー・キューブ錯覚」と呼ばれる視覚の錯覚現象があります。左図の立方体を見たとき、右上の正方形が手前に見えるか、それとも左下の正方形が手前に見えるか―このようにまったく矛盾してしまう2種類の見え方があります。こんなとき、脳はどのようにして解釈していくのでしょうか。

視覚的に矛盾する情報が得られたとき、脳は最終的にはどちらか一方の情報のみを採用してもう一方の情報は抑制してしまい、片方の情報のみで解釈するやり方を持っています。

つまり、右上の正方形が手前にくるような立方体として解釈したとき、もう一方の解釈は一切頭からなくなります。しかし、左下の正方形が手前にくるように解釈しだすと、さっきまでの解釈は瞬時に頭から抜け落ちます。

このように、矛盾する2種類の情報がもたらされた場合に、どちらか一方のみを採用して他を捨てるような解釈方法が脳にはあります。

しかし脳は、これとは別の方法で矛盾する情報を扱うやり方も持ち合わせています。

聴覚情報を脳はどのように解釈するか

目隠しをして外界が一切見えないようにして、音の出る物体を右側または左側へと動かすとします。このとき、脳は耳から入る情報に基づいて物体がどちらの方向へと移動したかを2種類の方法で判断することができます。

一つ目の方法は「時間差手がかり」です。音源が右側に動いたとき、音は右耳の方に早く到達します。左側に動けば逆に左耳が早いわけです。このように、音が到達する時間差を利用して音源の位置を把握することができます。

二つ目の方法は「レベル差手がかり」です。音源が右側に動いたとき、右側の耳には音が直接届きますが、左耳には頭が遮蔽物となって音の大きさ(レベル)が小さくなります。

このように、頭による音の遮蔽効果で音の大きさの違いが発生することを利用して、音源の位置を把握することもできます。

一般的にはこれら2種類の「手がかり」が矛盾することはありません。なぜ2種類の手がかりを使うかについては、音の周波数によって効果の大きさに違いがあるからのようです。

矛盾する聴覚の情報

もし「時間差手がかり」と「レベル差手がかり」で得られる情報が矛盾してしまったら、脳はどのように解釈するのでしょうか。視覚情報のときのように、一方を無視して扱うのでしょうか。

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整合した手がかりと矛盾した手がかり:出典

上図の左側のように、一般的にはレベル差手がかりが右側を示しているときは、時間差手がかりもまた同様に右側を示しています。

しかし時間差手がかりが右を向いているのにレベル差手がかりが左側を示す場合はどのように聞こえる(脳が解釈する)でしょうか。

京都大の研究グループは、実験的にこのような状況を作り出して研究しました。

結論から言うと、実はこのように矛盾する聴覚情報が得られたとき、音源は「正面に静止している」ように知覚されます。つまり、どちらか一方の情報を採用するわけではなく、2種類の情報を統合してしまうわけです。

これは意外な結果ですね。聴覚情報に整合性がなく矛盾してしまうときは、右側でも左側でもなく「正面」から聞こえるとして解釈してしまいます。

2つの聴覚情報は大脳皮質でどのように処理されるか

研究グループは、矛盾する手がかりを大脳で統合して処理しいるのか、あるいは別々のままで扱っているのか、脳波を計測することで調べました。

先ほど説明したとおり、聴覚情報が矛盾するときは音は静止したままのように聞こえます。では、実際に脳波は「静止した音源」と同じ脳波を示すのでしょうか。

実は、聴覚情報が矛盾して音源が静止しているように聞こえていても、脳波は静止音源のときとは違った反応を示しており、むしろ上図の左側のように、聴覚情報が整合しているときと同様でした。

つまり、2つの手がかりは大脳においても別々のものとして扱われているというわけです。

では、このような矛盾した手がかりをどのように処理して「静止しているように」知覚されるのでしょうか。これについては、より詳細なさらなる研究が必要なようです。

もし、聴覚情報に関するこの仕組みが解明されれば、これまでにないような効果をもつVRなどの開発につながるかも知れません。

参考情報