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目標に向かって「やる気」を持ち続ける脳の仕組みが明らかに

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目標に向かって行動を開始して達成するための「スイッチ」についての脳のメカニズムが慶應義塾大学などの研究チームが解明しました。適応障害や強迫性障害、あるいは注意欠陥多動性障害などの理解にも役立つ可能性があります。




行動開始のための「やる気スイッチ」

何らかの目標に向かって行動するには、そのための脳内のメカニズムを働かせる必要があります。これまでの研究から、脳の「腹側線条体」と呼ばれる領域の外側に「やる気ニューロン」が存在することがわかっていました。

この「やる気ニューロン」の機能に障害があると、行動の開始が損なわれてやる気がなくなることがわかっています。

しかし一方で、このニューロンだけあれば目標に向かって自然に動けるわけではありません。というのも、目標達成とは関係のない行動を抑制する働きがなければ、真っ直ぐに進めないからです。

たとえば、やる気を十分に発揮して勉強を開始したものの、途中で机の上に置かれていたスマホが気になってしまいSNSを始めてしまった、といった行動は、目標達成と無関係なことを抑制できていないからです。

このような、目標に向かって一心に進むためのメカニズムについてはこれまでわかっていませんでした。

行動を維持するには「移り気ニューロン」の抑制が重要

研究グループは、マウスを使って目標を達成するために必要な脳の領域を特定しました。

実験では、2つのレバーとえさ箱を用意しました。左のレバーを押すとエサが出てきますが、右のレバーを押しても出てきません。

マウスはレバーの役割について最初はわかっていませんが、試行錯誤を続けるうちに理解して、左のレバーを押してエサを出しはじめます。

このときのマウスの脳内の活動を計測しました。

マウスがエサという目標に向かってレバー押しを始めるとき、腹側線条体の外側にある「やる気ニューロン」の活動が増えることが確認されました。一方で、腹側線条体の内側の部位については活動が低下することもわかりました。

この2つの領域について、さらに実験で詳しく調べます。

腹側線条体の外側部位の活動(やる気ニューロン)を人為的に低下したところ、レバー押しを始めるまでの時間が延長することがわかりました。これは、やる気がないと行動開始が遅くなることと一致します。

次に、腹側線条体の内側の活動を人為的に増加させてみました。すると、レバー押しの開始時間には変化がなかったものの、エサとは無関係のレバー(ここでは右レバー)を押すようになりました。

このことから、腹側線条体の内側のニューロンは目標行動を行う意欲をコントロールしているわけではないが、目標行動と無関係な行動を抑制していることが示されました。この腹側線条体の内側のニューロンを「移り気ニューロン」と呼びます。

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2種類のニューロン(画像:慶應義塾大学)

つまり「やる気ニューロン」を活性化して行動を開始し、「移り気ニューロン」を抑制して無関係な行動を抑制するという、2種類のニューロンの活性バランスによって、効果的に目標に向かって行動するメカニズムが理解できます。

「移り気ニューロン」の役割とは

それでは「移り気ニューロン」が活性化するのはどのようなときでしょうか。

マウスの実験では、ある日突然にエサが出てくるレバーを逆にする実験を行いました。最初は左レバーが正解で右がダミーであったのが、途中で正解とダミーが逆転するわけです。

もし、エサという目標に向かって左レバーに固執して同じ行動を続けていたならば、マウスはエサをもらうことができなくなってしまいます。

しかし実際には、途中で左レバーから右レバーへと行動を変化させます。そしてこのときに必要なのが「移り気ニューロン」です。

実際に、このルール変更が行われてから「移り気ニューロン」の抑制が外れて、柔軟に対応することが明らかになりました。

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ルールが変わると移り気ニューロンが活性化される(画像:慶應義塾大学)

今回の研究から、目標達成に向かって行動するためには2種類のニューロンがうまく協調しているメカニズムが明らかになりました。

腹側線条体の外側にある「やる気ニューロン」は行動を起こすために必要なニューロンです。一方で、目標以外の行動を抑えるためには「移り気ニューロン」の活動を抑制する必要があります。

一方で、「移り気ニューロン」は柔軟な行動を行うために必要なニューロンです。目標達成のために一本気で行動しているだけではなくて、必要なときに行動を変化するためにこのニューロンが活性化されるわけです。

このように、脳は目標に向かって効率よく行動するための巧みなメカニズムを備えているようです。