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オスはメスにプレゼントするようプログラムされている

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人間界では男性が女性に結婚を申し込む際に指輪をプレゼントする習慣がありますが、動物界でも雄が気に入った雌に対して求愛するとき、プレゼントをする習性があるようです。ただし、自分が食べたものを口移しで雌に与えるという、ちょっと変わった贈り物ですが。




動物界のプレゼント

動物界で見られる雄が雌にプレゼントする行動は「婚姻贈呈」と呼ばれています。婚姻贈呈は、特に昆虫でよく見られるもので、雌に贈り物をすることで他の雄との競争で有利になるとされています。

例えば、シリアゲムシでは唾液を吐いて雌に与えたり、一部のチョウだと精子と栄養の交ざったものを雌に渡す、ヨモギコオロギの一種では、交尾の最中に自分のはねを雌に食べさせて、傷から出てくる血液のようなものを吸わせる、などさまざまな行動が知られているという。

人間とは違って昆虫の雄が用意するプレゼントはかなり壮絶なものが多いようですが、これらの行動は、やはり生まれながらにして遺伝子によってプログラムされていると考えられます。

遺伝子によって指令される婚姻贈呈

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昆虫の研究では最も一般的な実験動物として知られている「キイロショウジョウバエ」と呼ばれるハエがいますが、この種類のハエは婚姻贈呈を行いません。

一方で、キイロショウジョウバエとは同属ですが種が異なる「D. subobscura」というハエでは婚姻贈呈がみられ、交尾の成功に必須であることが知られています。
(画像:D. subobscuraの婚姻贈呈行動(東北大学))

同じショウジョウバエですが、婚姻贈呈を行う種と行わない種。この性行動をコントロールしているメカニズムは詳細にはわかっていません。

しかし、キイロショウジョウバエの研究から、性行動をコントロールする「フルートレス」と呼ばれる遺伝子があることが東北大学大学院生命科学研究科の研究グループによって明らかにされていました。

フルートレス遺伝子は、およそ2000個もの脳細胞に性差を作り出しており、これらの細胞がネットワークを形成して性行動をコントロールします。

もし種が異なっていても、同じように性行動をコントロールする「マスター遺伝子」としてフルートレスが機能しているのならば、性行動における種の違い、つまり婚姻贈呈を行うか否かはフルートレスが作る回路の特異性によるものであると、考えられます。

そこで、研究グループはゲノム編集技術を使って、婚姻贈呈を行う種である「D. subobscura」の遺伝子を改変して、光を照射するとフルートレス遺伝子が活性化し、さらにはフルートレス遺伝子によって興奮した神経細胞が蛍光で確認できるようにしました。

この遺伝子改変した雄のハエに光を照射したところ、確認された神経回路はキイロショウジョウバエの求愛神経回路と類似はしているものの、明らかに異なる点もいくつか確認されています。

回路を人工的に活性化して起動すると、その雄ハエは実際に腹部を曲げて交尾姿勢をとったり、両翅を広げて雌のハエにアピールする行動をとりました。さらに、婚姻贈呈のときに見せるような「吐き戻し」行動も示しました。雌がいないにもかかわらず。

この実験からわかったことは、キイロショウジョウバエの性行動マスター遺伝子であるフルートレスは、D. subobscuraにおいても性行動の鍵を握っていること。D. subobscuraに特有の婚姻贈呈は、フルートレス遺伝子のコントロールのもと、進化の過程でこのハエに特有の求愛神経回路が組み込まれたことです。

このような行動パターンの種による違いについて、より詳しいメカニズムを解き明かすためにはさらに研究を進める必要があります。そして、それは行動の多様性の進化の仕組みを解き明かすことにつながるとしています。