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宇宙飛行士の眼に異常が生じる原因は「脳の上方への移動」

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宇宙空間に長く滞在する宇宙飛行士の眼球に異常が生じる現象について、京都大の研究グループがその原因を明らかにしました。これまでに言われてきた脳髄液圧の上昇ではなく、「大脳の上方への移動」が本質的な原因だと指摘しています。




宇宙空間は地表のおよそ100分の1という微小重力であるために、宇宙飛行士の身体にはさまざまな変化が生じてきます。足腰の筋力が衰えるだけではなく、大脳や視神経など体内においても異常が出ることが最近では知られています。

それらの例の中で、眼球の後部がつぶれて眼球と脳をつなぐ視神経の周辺組織が変形することが報告されています。

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地上へ帰還後6日目の宇宙飛行士の眼球周辺 MRI 画像(京都大)

すなわち、眼球の後ろが平たくなる「眼球後部平坦化」(画像:黄色矢印)と、視神経を取り囲む「視神経鞘の拡大」(画像:青色矢印)です。

宇宙飛行士は、定期的にさまざまな医学的検査を宇宙飛行前と飛行中、そして飛行後に行っていますが、これらの眼球後部平坦化や視神経鞘拡大については、これまではその原因を説明することができませんでした。

地上において、視神経鞘拡大は頭蓋骨内部の髄液の圧力が上昇していることを示唆します。

髄液圧のについては腰に針を刺して測定できますが、このような検査は国際宇宙ステーション内で行うことは現実的ではありません。

一方で、視神経鞘の形状については超音波検査によって国際宇宙ステーション内でも行われています。

研究グループは、すでに論文などで報告されている事実に基づいて、宇宙飛行士の髄液の最大圧力を推定しました。

研究では、髄液圧を視神経鞘の直径から推測するため、視神経鞘のモデルを作成しました。これはすでに報告されている視神経鞘の内部の圧力とその直径変化に関する研究結果を用いています。

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髄液圧を検討するために導入した視神経鞘の薄肉管モデル

次に、飛行中に測定された視神経鞘の直径から髄液圧を推測したところ、飛行中の髄液圧は210mmHgにもなることがわかりました。

このような非常に高い髄液圧がある場合、通常では会話もできないほどの状態になるはずです。ところが、実際には宇宙飛行士たちは元気に会話をしている姿がインターネット配信などでも確認できます。

つまり、宇宙における視神経鞘拡大は髄液圧の上昇とは別の原因があることが推測されます。

そこで研究グループは、国際宇宙ステーションに長期滞在した宇宙飛行士にみられる「大脳の上方への移動」に着目しました。

大脳が上方に移動した場合、視神経は眼の後ろにある骨(眼窩)の隙間を通って後ろに引っ張られます。

しかし視神経を取り囲んでいる硬膜(図の黄色と灰色の円筒部分)は眼窩の骨膜とつながっているため、眼球を押し戻すように力が働くことが考えられます。

これによって、視神経鞘が拡大するように変形し、さらに眼球後部平坦化をもたらしている可能性があると研究グループは指摘しています。

このように、眼球後部平坦化と視神経鞘拡大はこれまでに言われてきたように脳髄液圧の上昇ではなく、大脳の上方への移動が原因であって、これによりすべての所見が矛盾なく説明できることが明らかになりました。

これらの研究結果は将来、一般人も宇宙へ行く未来において、人類が直面する可能性のある宇宙特有の病気へのさまざまな対策を講じることに貢献できると期待されます。