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精子は極限温度にもかなり耐えられる、「パンスペルミア説」の弱点を補強か

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ある種の古細菌をはじめとする下等動物では、超高温や極低温など極端な環境でも生き延びる能力をもった生物がみられます。我々のような哺乳類はそのような強いからだを持っていませんが、しかし精子に限って言えば、かなりの極限環境にも耐性があるようです。




極限環境の耐性といえば、「クマムシ」が有名です。4対の足でゆっくりと歩く「緩歩動物」と呼ばれる動物の総称で形が熊に似ている生きものですが、低温から高温まで、乾燥状態や高圧、真空状態でも耐えることができるとされています。

比較的下等な生物では、このような極限状態に耐える生物がいくつも知られていますが、哺乳類のような高等動物が生き延びる環境はとても限定されています。しかし、「精子」のみであれば意外と厳しい環境にも対応できるようです。

山梨大学の研究グループは、絶滅動物をクローン技術で復活させたり、あるいは絶滅危惧種を救済する方法についての研究開発をしています。

さまざまな生物の遺伝子資源を安全に保存する技術が改良されていますが、震災などの自然災害などで電力や液体窒素の供給が停止された場合に致命的な状況に陥ってしまう危険性があります。

しかしこれまでの研究結果からは、フリーズドライにした精子を高真空で保存することによって、室温でも1年以上保存できる可能性が示されています。

そして研究グループは、さらにフリーズドライ精子を極限状態の環境に置く実験を実施しました。

マウスのフリーズドライ精子を-196度の液体窒素に浸してから室温に戻すという処理をしてから顕微授精を行ったところ、10回の処理を繰り返しても十分に子どもを得ることに成功しています。

次は65度、80度、95度のオーブンに30分間置いた後で顕微授精をしました。未処理の精子の場合は65度が限界でしたが、フリーズドライ精子では95度の処理を行っても子どもが得られました。

このように超高温でもフリーズドライ精子は生き延びることができましたが、95度の処理にどのくらいの時間耐えることができるのでしょうか。

研究グループは30分から24時間までオーブンで加熱する実験を行いましたが、2時間を超えると精子が焦げてしまい、顕微授精が不可能でした。

焦げてしまう原因は、培地に含まれる糖のメイラード反応によることが考えられます。そこで、糖をトレハロースに置きかえてフリーズドライ精子をつくり、再び実験を行いました。トレハロースは、クマムシなどが体内に溜め込む物質としても知られています。

実験の結果、加熱による焦げは発生しなくなり、最長で6時間も95度の加熱に耐えることがわかりました。

さらに、トレハロース処理をしたフリーズドライ精子に対する加熱温度を上げてみると、なんと120度処理では10分間、さらには3分間であれば150度の加熱にも耐えることがわかりました。

今回の研究から、フリーズドライ精子であれば-196度や150度といった極限環境でも短時間であれば耐えることができることがわかりました。

この結果は、何らかの災害に見舞われた場合であっても遺伝子資源を安全に保存する方法の開発につながることが期待されるとともに、「パンスペルミア説を部分的にサポートしている」と研究グループは考えています。

パンスペルミア説とは、生命の起源に関する仮説の一つです。地球の生命起源は、地球上ではなくて他の天体で発生した微生物の芽胞が隕石などによってもたらされたとするものです。

この仮説には、隕石が地球に落ちてくるときの高温に生物が耐えられないという弱点があるとさてています。しかしながら、今回の研究結果からたとえ高等動物であっても生命の素材となる核は、このような高温に対して耐性がある可能性が示されたというわけです。

生命起源の是非についてはわかりませんが、どうやら我々の精子は意外と極限環境にも強いようです。