麻薬や覚せい剤、最近では危険ドラッグなどいわゆる「薬物」の使用は健康を害するだけではなく、社会的にも大きな傷を負います。薬物使用といえば、一般的には麻薬取締官や警察官によって検査されるものだと認識されていますが、実は公的機関でなくても専門家による検査を依頼することができます。いったいどの程度の費用で検査することができるのでしょうか。
日本では、さまざまな種類の薬物が法律によって規制されています。大きく分けると「大麻」「麻薬」「覚せい剤」「危険ドラッグ」などでしょうか。
習慣的な薬物の乱用による健康被害や犯罪増加などを防止するため、警察などが取り締まる目的で検査することもありますが、ほかにも薬物検査が必要なケースがあります。
たとえば、飛行機のパイロットや鉄道の運転手、船舶の乗員などが薬物を使用している場合、非常に大きな事故へとつながる危険性があります。そのため、安全な運行を維持するために薬物の検査を従業員に義務づける事業主も増えているといいます。
検査対象となる薬物の種類
さまざまな目的で薬物使用が検査されますが、その対象となる薬物にはどのようなものがあるのでしょうか。
おおむね、以下のような物質が検査の対象となるようです。
- 覚せい剤・・・メタンフェタミン・アンフェタミン
- 大麻・・・テトラヒドロカンナビノール
- 医療用麻薬・・・モルヒネ・コデイン・デカポン
- 合成麻薬・・・LSD・MDMA・MDA
ここで挙げた化合物のほかにも、さまざまな種類の薬物が検査対象となるようです。
どのような試料が検査に用いられるのか
何らかの方法で薬物を摂取した場合、体内のさまざまな部分に薬物が巡り、あるいは滞留・蓄積することになります。
薬物を使用したかどうかを検査する場合、その効率性や利便性、体への負担から、「尿」か「毛髪」が使われます。
尿を使った薬物検査
薬物が体内に取り込まれると血流に乗って肝臓へと運ばれ、さまざまな代謝酵素によって分解されます。そして最終的には代謝産物として尿として体外へ排出されるため、その代謝物を分析することで検出することができます。
毛髪を使った薬物検査
体内に入った薬物は、ほとんどが代謝されて尿として排出されてしまいます。しかし、一部については体外に出されずに毛髪や体毛の中に蓄積します。そのため、手間はかかりますが毛髪に蓄積された物質を抽出することで薬物検査を行うことができます。
尿から排出される薬物については、比較的短い期間でなくなってしまうため、おおむね薬物の使用から10日以内での検査が有効なようです。
一方、毛髪に蓄積された薬物については基本的には排出されることはないため、毛髪が抜けてしまうまでは検査することができます。そのため、数年前に使用した薬物も検出できるようです。
薬物の検査にかかる費用はいくらか
では、実際に専門機関に薬物検査を依頼した場合、どのくらいの費用がかかるのでしょうか。
東京都にある検査の専門機関「法科学鑑定研究所」のホームページで確認してみると、尿を使って検査する場合と毛髪とでは費用が違うようです。
麻薬や覚せい剤、大麻、危険ドラッグなどを尿から検査する場合、口頭での報告であれば1検体当たりの検査費用は12000円です。口頭ではなく、「検査回答書」が必要な場合は18000円です。
一方、毛髪を使った検査費用はかなり高額になり、1検体当たり98000円かかるようです(検査回答書付き)。さらに、裁判の資料として使うなど鑑定書が必要な場合は758000円かかります。
ちなみに、検査に必要な試料の量については、尿であれば約100ミリリットル。毛髪なら10ミリグラムで、これは本数でいえば約50本程度になります。
繰り返しになりますが、検査が有効な期間は、尿であれば薬物の使用から10日以内、毛髪ならば数年間は検出が可能です。
従業員に対する薬物検査の実態について
電車やバスの運転手など多くの人の命に関わる仕事に関係する場合、薬物の使用は絶対に阻止しなければなりません。また、近年は芸能人などの薬物使用が話題になっていますが、某芸能事務所の社長が社内で薬物の抜き打ち検査を実施していると公表したことで、話題になりました。
このように、従業員に対して事業主が強制的に薬物検査を行うことに問題はないのでしょうか。
企業における薬物検査では、従業員の本人確認を行った後、検体採取の責任者による立ち会いのもとで採取します。そして、本人と採取責任者による同意のサインをして検査依頼書と検体を検査機関に提出します。
日本では、従業員に対する薬物検査については法令上、明確な規定はないとされています。
ただし、厚生労働省の「労働者の個人情報保護に関する行動指針」では、以下のように記されています。
「使用者は、労働者に対するアルコール検査及び薬物検査については、原則として、特別な職業上の必要性があって、本人の明確な同意を得て行う場合を除き、行ってはならない。」
つまり、厚労省の指針では「特別な職業上の必要性」と「本人の明確な同意」がなければ、行うことができないとしています。
例えば、多くの人を乗せる飛行機や船舶、電車やバス、あるいはタクシーの運転手などでは、顧客の安全確保を行う責任があるため「特別な職業上の必要性」と言えるでしょう。また、トラックの運転手なども、交通事故を引き起こすと甚大な被害をもたらすため、必要性が認められるのではないでしょうか。
また、官公庁や大学などは「不祥事が社会に与える影響が大きい」として、「特別な職業上の必要性」があると言えるかも知れません。
芸能事務所での薬物検査の問題
一方、芸能事務所において社内全員に抜き打ち検査を行うことはどうでしょうか。「特別な職業上の必要性」があるかどうか、意見が分かれるところかも知れません。
そんななか、最近では芸能界の「ご意見番」ともいわれているダウンタウンの松本人志さんが、こんなコメントをしています。
「芸能界も汚染されている」なんて書かれるでしょ?俺はそこまで言う権利はないけど、吉本だけでも検査して欲しい。抜き打ちでも。
(2016年2月21日放送「ワイドナショー」)
どうしても芸能人の薬物事件が起こると特に世間に与える影響が強く、芸能界に対するイメージが「薬物」と結びついてしまっているのも事実です。そうなると、薬物とはまったく関わりのない芸能人にとっては迷惑な話。そこで、「身の潔白を証明」するためにも全員の薬物検査を実施したらどうか、という提案だったようです。
芸能界の中でも大手の事務所である「吉本」が薬物検査をすることで、その他の事務所が続いていくことも考えられます。
そのような流れができあがると、実際に芸能界の薬物汚染がなくなっていく効果もあるでしょうし、事実無根の中傷などもなくなる効果はあるでしょう。
しかし、厚労省が指針を出しているように、薬物検査は非常にプライバシーに関係する問題でもあることから、今後、薬物使用の問題を考える上で多くの議論がなされる必要がありそうですね。
参考:法科学鑑定研究所・企業法務ナビ・Spotlight